ラッタウット・ラープチャルーンサップ 著、古屋 美登里 訳『観光』を読んだ。

タイの若手作家による英語圏での注目作品、ということで期待値高めで読んでみた。短編集。巧みに構成された冷静な文章運びで描かれるタイの日常が新鮮でした。

とにかく巧い作家だなー。欧州等々では観光地としてしか見えていなかったタイの風景を通じて大人の世界へのときめきと不安、親子の愛、友人とのすれ違い、孤独、親離れ等々、普遍的な感情が描き出されているところがウケたのかな。もちろん、日本で育った我々にも同じように訴えかけてくる部分なのだけど。


好みだったのは、本作中では一番長い『闘鶏師』と、息子が住むタイで老後を過ごすことになったアメリカ人を描いた『こんなところで死にたくない』。

『闘鶏師』は、地元の権力者の息子に闘鶏で負け続ける父を見守る娘の話。困難に立ち向かう気概の大切さを描く小説は数あれど、逃げないと決めたところで終わる小説とは違い現実の人生は続いていくわけで。理不尽な暴力に対する終わらない挑戦が、人生とどう地続きなのかをこれだけ体感できる描き方をした小説ってあんまり記憶にないな。尺がある分情景や個々人の性格が感じられる発言等々ディティールが描き込まれることで作者の「巧さ」と「書きたいこと」のバランスがついに取れた作品という印象。

『こんなところで死にたくない』は本編中唯一アメリカ人の主人公であり、また主人公が老人である話。自分にちっとも似ていない孫、ボケていく友人、今まで頼りにしていた価値観が通用しない異国の地。孤独を突きつけてくる事実と向き合わなければいけないとき、何ができるのかなあと思いながら読み進めていくと、最後には思わず泣き笑いしてしまう作者からの回答が。

長編でぜひとも読んでみたいなと思ったところ、訳者あとがきによれば「現在、著者は奨学金を得てイギリスのイースト・アングリア大学のアメリカ研究科で学びながら、長編を執筆中である」とのことでヤッター!と喜んだのもつかの間、ネット上には「その後、消息不明」との穏やかでない噂も。叶う事ならぜひ書き続けて欲しいのだけど、お元気なのでしょうか…。

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