植物学者、牧野富太郎の『自叙伝』

国立科学博物館の企画展で、牧野富太郎の生涯を知った。植物画のなんか有名な人、というくらいの認識しかなかったが、小学校中退の翌年に小学校教師になるも二年で退職、実家である造り酒屋の財産を食い潰しつつ東大講師を経て、最終的には85歳にもなって平気で徹夜を続けたパンクな男だった。『牧野富太郎 自叙伝』は、そんな本人の筆からなる自伝。気さくな文章で人柄が偲ばれる。

牧野富太郎自叙伝 (講談社学術文庫)

  • 著者/訳者:牧野 富太郎
  • 出版社:講談社( 2004-04-10 )
  • 文庫:272 ページ
  • ISBN-10 : 4061596446
  • ISBN-13 : 9784061596443

富太郎は高知の酒造りを営む家に跡取りとして生まれた。幼い頃に山で姿を覚えた植物たちの名前を、まだまだ珍しかった図鑑で後に知っていく、という学び方が面白い。とにかく植物の知識が抜群で、当時はロシアの学者にわざわざ標本を送り学名をつけてもらっていたところを、国内で独自の学名をつけ始めたのが富太郎なのだとか。

『自叙伝』は、富太郎が残した様々な文章を集めたもので、内容に重複が多い。特に、東大に出入りするようになってからの話は目についた。学歴のなかった富太郎にとって、大学内の権力闘争は、うっとおしいもの以外の何物でもなかったんだろうな。植物への好奇心にひたすら突き動かされたその姿勢は、南方熊楠に通じるものを感じる。一方、自費による植物雑誌の出版や、採取会と呼ばれる地域の植物研究会の設立に尽力した点は、なんだかインディーズの音楽レーベルのようで、愛がある。

愛の形について、ひとつ。国立科学博物館の展示で特に興味を惹かれたのは、牧野式植物図と言われる植物画の描き方についてだった。彼以前の植物画は、特に一つの個体を丁寧に描写することが良いとされてたそう。一方、牧野式はその種が持つ特徴を浮かび上がらせるために、複数のサンプルを観察し最大公約数的な描写を試みるものらしい。一つひとつを見ているだけでは捕まえられないその植物の「らしさ」を図として定着させようと目を凝らすって、感覚や抽象的な概念を形として取り出すアートの感性に近いような気がして、ちょっとロマンチックだよなあ。牧野富太郎、享年94歳。死ぬことになる病床についたときにも、植物の研究が再開できるまで回復するのはいつになるのか、常に気にしていたそうだ。

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