#安藤忠雄

国立新美術館の安藤忠雄展へ。

音声ガイドが安藤忠雄本人のコメントで、とぼけた関西弁も相まってかなり良かった。台本なしで喋ったものらしい。

はじめて手がけた個人住宅の施主夫妻に双子が生まれる。めでたいことだが、「双子のいる家庭ではこの家は狭い」「安藤さんのところが双子だからうちもそうなった」「だから安藤さん買い取ってくれ」と施主に詰められ、本当に買い取ったこと。

雨が降ったり、木枯らしが吹いたりしたらこの家は相当寒いがどうするんだと施主に聞かれ、もう1枚上着を着たらどうですかと答えたこと。

自分のつくる住宅は住みづらいので、自ら住むのは遠慮したいこと。

大仏が地域の住民にあまり好かれていないのでどうにかしたいと相談してきた施主に対し、丘を作って大仏はその中に埋めましょうと提案したところ「施主がそれで良いと言った」ので埋めた、ということ。

野性味が過ぎる。音声ガイドの文字起こしテキスト、手に入らないだろうか。

というか、そもそも住宅が住みづらくて良いのだろうか。安藤忠雄は建築で世界から空間を区切ることで人間の記憶に残る場所を創りたい、と考えているように思えた。それは安全でストレスのないデザインされた「暮らし」を提供する場ではなくて、感覚に作用する、ぼーっとしていたら死んでしまうような緊張感があり、生命力と工夫を求めてくる空間というか。

音声ガイドでも何度か語られていたけれど、彼には『建築は施主が住みこなすもの』というスタンスがあるようだ。もしぼくが将来施主になったら、「有名建築家に家を建ててもらったぞ!」と過剰にありがたがることはやめて、野蛮に空間を道具として使いこなし生きて行こうぞと心に誓った。家を建てるための金を貯めた上に、野蛮でいなければならない。人生はやることが多い。

なお、施主が寒いからと光の教会の隙間をガラスで閉じてしまったのが惜しくて安藤忠雄はいつか外してやろうと思っていたことも、音声ガイドで知った。今回の企画のためだけに作られた光の教会の原寸大レプリカに要した費用は7,000万円だったそう。ほんものの予算は3,500万円。レプリカにガラスは無い。なんというか、そういうとこだよ、と思ったのだった。

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