もう無くなってしまったものの話。『越後三面山人記』を読む。

ヤマケイ文庫『新編 越後三面山人記 マタギの自然観に習う』を読んだ。ダム湖に沈んだとある山里の習俗を描いた民俗学的要素の強い作品で、これがとても面白かった。既にこの世界から無くなってしまったものが、この本の中に残されているという強い印象を受けた。集団におけるシステムが成立していくプロセスを知るのが好きな人や、「自分以外の人生」に興味がある人にお勧めしたい本だ。

新編 越後三面山人記 マタギの自然観に習う (ヤマケイ文庫)

  • 著者/訳者:田口 洋美
  • 出版社:山と渓谷社( 2016-02-19 )
  • 文庫:384 ページ
  • ISBN-10 : 4635047903
  • ISBN-13 : 9784635047906

新潟県三面川中流域にあった三面集落は、昭和60年に閉村した狩猟を生業の中心とした村だった。作者は昭和57年から4年間をかけて村に入り、山里の狩猟文化や山里習俗を取材していく。山の民の暮らしを四季折々の出来事を追うことで記録した本書は、野を開き山から恵みを受け取ることで生活を紡いできたある集団の文化が途絶えてしまう瞬間を記録することに成功している。

三面はカモシカやクマを狩ることで食料を得てきた。この地での狩猟には多くのきまりごとがある。山の神に対する敬意を表すための所作や、狩場の管理、えものの分け方までかなり細かく定められている。それらはきっと厳しい自然の中で生き延びていくために必要な定めだったのだろうし、また山里習俗の中に貨幣社会が侵食してくる中でコミュニティがバランスを崩さぬよう人間の欲をうまく殺していくためにも必要だったのだろう。

興味深かったのは、山の神様に関する「山の法事」についてだ。例えば雪崩が起きないよう唱えごとをして山の神の力を得る『四方固め』。祝詞のようなものだろうと思うのだが、記録された文言を見ても、なにが唱えられているのかさっぱりわからない。そもそも山の唱えば門外不出であり、山里の狩りにかかわる人だけが口伝えでのみ知ることができた。それが本書で記録された背景には、「もう閉村してしまう」という事実がある。作者はあとがきでこんなふうに書いている。

”実は、その後たくさんの村を歩く中で気づいたことがある。三面の人たちは説明に長けていた。そして、哲学的な言葉すらが日常の中で語られていた。それにはダムの問題が深く関わっていただろう。ダム問題が起こってから十数年間、三面の人たちは追い詰められ、何とか自分たちがこの地に生きてきたその歴史と意味を、二、三年ごとに人事異動で交代するダム担当者の役人たちに繰り返し説明し続けた。ああ言っても、こう言ってもダメ。そしてまた担当者が代わる。そうした歯がゆい日常が三面の人たちを鍛えたのではないか。そう思う。マタギの話も同様で、研究者、役人、業者やマスコミ、そして私たちのような者まで、自分たちが大切に守り継いできた世界をわかってほしいと言葉を選び、鍛えてきたのだと思う。”

これは文学が生まれる瞬間の話とまったく同じではないかな、と思う。本書は、自分が知る世界を誰かにわかってほしいと欲した人たちが在り、それを運よく受け止め記録できた人がいた、という記録でもある。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。